東京地方裁判所 昭和41年(手ワ)1276号 判決 1966年9月08日
原告 安田茂
訴訟代理人弁護士 上村進
同 猿谷明
被告 白川良雄
被告 白川君子
被告両名訴訟代理人弁護士 中嶋正博
主文
一、被告白川良雄は原告に対し金五〇万円及びこれに対する昭和四一年四月二七日以降完済までの年六分の割合による金員を支払え。
二、原告の被告白川君子に対する請求を棄却する。
<以下省略>。
事実
原告訴訟代理人は、主文の第一項と同旨及び「被告白川君子は原告に対し、金二一五、〇〇〇円及びこれに対する昭和四一年四月二七日以降完済までの年六分の割合による金員を支払え。」との判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因として、
一、別紙手形目録記載の(1)ないし(3)の約束手形は被告白川良雄の、同(4)の約束手形は被告白川君子の各振出にかかり、いずれも原告が所持するものである。
二、よって原告は、被告白川良雄に対し右(1)ないし(3)の手形金の合計金五〇万円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和四一年四月二七日以降完済までの法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求め、被告白川君子に対し右(4)の手形金二一万五、〇〇〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日である右同日以降完済までの右同割合による遅延損害金の支払を求める。
三、仮に、本件(1)ないし(3)の約束手形の振出が被告白川良雄自身によってなされたのでなく、その妻である被告白川君子が被告白川良雄名義の記名捺印をもってしたものであるとしても、
(1) 被告白川君子は、本件(1)ないし(3)の約束手形振出の当時、被告白川良雄からその営業に関し同被告の名義をもって一切の代理行為をなす権限を与えられていたのであるから、本件(1)ないし(3)の約束手形の振出は手形代理行為として有効であり、
(2) 被告白川君子は、右の当時少くとも被告白川良雄の営む工場経営に関し機械施設等の日常備品の購入及び資金借入等の代理権限を有し、かつ被告白川良雄が従前手形振出に使用していた印鑑を保管していてこれを本件(1)ないし(3)の約束手形に押捺してこれらを振出したのであるから、原告としては、被告白川君子が被告白川良雄を代理しその名義の記名捺印をして右三通の約束手形を振出す権限を有していたものと信ずるについて正当な事由があったものというべきであり、
いずれにしても、被告白川良雄は本件(1)ないし(3)の約束手形金債務を免れ得ないものである。」
と述べ、<省略>
被告等訴訟代理人は、主文の第二項と同旨及び「原告の被告白川良雄に対する請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、被告白川良雄の答弁として、同被告が本件(1)ないし(3)の手形を振出したことを否認し、原告が右三通の手形を所持することは不知と答え、被告白川君子の答弁として、同被告が本件(4)の手形を振出したことを認め、原告が本件(4)の手形を所持することは不知と述べ、被告白川君子の抗弁として、「本件(4)の手形は、原告が被告白川君子に対し、原告において被告白川良雄に債権を有する旨虚偽の事実を申向けて、夫が真実債務を負っているのなら妻たる自分も責任をとらねばならぬものと誤信した被告白川君子から詐取したものであるから、被告白川君子は本訴においてこの意思表示を取消す。仮に詐欺に当らないとしても、被告白川君子は原告に対し債務を負担しておらず、本件(4)の手形を振出すべき原因関係がないから、いずれにしてもその支払義務はない。」と述べた。
証拠関係<省略>
理由
(被告白川良雄に対する請求について)
証人松本昇三、同平田伊久子の各証言に原告及び被告両名各本人尋問の結果<省略>と弁論の全趣旨を総合すると、被告白川良雄は、プレス加工業を営むものであるが、昭和三九年秋頃原告から金五〇万円を借受け、その支払のため額面金五〇万円の約束手形一通を原告に対して振出したものの間もなく事業不振に落入り、債権者からの追及を免れるため等の理由から、同年末頃東京都太田区東馬込にある自宅、工場より神奈川県下等に身を隠したため、その不在中は妻である被告白川君子において右のプレス加工業の経営継続に必要な一切の事務を処理し、被告白川良雄自身が事務の処理もしくは業務の査察をしたのは時折立帰った場合だけで、自己の不在中に処理された事頃を黙認していたこと、一方、被告白川君子は被告白川良雄が振出した前示金五〇万円の約束手形の満期当時その支払資金がなかったので原告の要求を受け、昭和四〇年二月頃、被告白川良雄を代理しその振出名義の額面金二五万円の約束手形二通(甲第五号証、甲第六号証)に書替えたが、これも満期に支払える見込がなかったため、原告から再度要求されて同年四月二〇日頃、被告白川良雄が従前手形振出の際に用いていた印章の保管を託されていたのでこれを使用し、同被告を代理しその振出名義の本件(1)ないし(3)の約束手形を振出したものであることをそれぞれ認めることができる。被告両名各本人尋問の結果中、右の認定に反する部分は採用できず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。
右の事実からすると、他に反証のない限り、被告白川良雄は、その不在中本件(1)ないし(3)の約束手形の振出を含めて前記プレス加工業の経営継続に関し同被告の名義をもって一切の代理行為をなす権限を妻である被告白川君子に対し包括的に授与していたものと推定すべきところ、被告両名各本人尋問の結果は右の反証として充分なものではなく、他に右の推定を動かすに足りる証拠は見当らない。
次に、原告が本件(1)ないし(3)の約束手形を所持することは当裁判所に顕著な事実である。
してみれば、被告白川良雄は原告に対し、結局のところ本件(1)ないし(3)の約束手形に基く責任を免れ得ないものといわなければならない。
(被告白川君子に対する請求について)
被告白川君子が本件(4)の約束手形を振出したことは当事者間に争いがなく、原告がこれを所持することは当裁判所に顕著な事実である。
そこで抗弁について判断するに、被告白川君子本人尋問の結果によれば同被告が原告に対して本件の約束手形を振出すべき何らの債務を負担していないことが認められ、この認定を覆えして右振出の原因関係の存在を肯認させるに足りる証拠はないので、詐欺の主張について検討するまでもなく、被告白川君子の抗弁は理由がある。<以下省略>。